白露のころ、秋を迎える
照りつける太陽と、容赦のない蝉しぐれ。
九月の昼間の京の街は、いまも「夏」の真っ只中にあります。
しかし、五感を研ぎ澄ませば、街のそこかしこに確かな秋の気配が忍び寄っていることに気づきます。
たとえば、あちらこちらの神社で始まる「重陽の節句」(別名「菊の節句」)の催し。
平安の昔、貴族たちは自慢の菊を持ち寄って歌を詠みあう「菊合わせ」という雅な遊びに興じたといわれています。
そんな歴史を伝える境内の「菊展」で大輪の菊を見つめていると、目の前の景色がすっと涼やかな秋の色を帯びていきます。


さらにこの時期は農作物の収穫時期とも重なっていたので、庶民にとっては別名「栗の節句」とも呼ばれ、収穫を祝う風習もありました。
この時期は「栗」の味わいが、私の味覚に秋を告げます。
お茶請けに、「栗納豆」「栗まんじゅう」、上品な甘みが広がる代表銘菓の「栗阿彌(りつあみ)」を
いただき、夜にはほくほくとした栗ご飯を炊く。
暦のうえでは、草の葉に露が結ぶ「白露」。
日中はまだ汗ばむほどの猛暑だが、京の街は、神社の風、菊の歴史、そして栗の甘みのなかに、
ほんの少し美しい秋の気配が漂っているように感じます。
小さな暮らしの案内人
