二十四節気 秋分(しゅうぶん)|歳時記

寂しさと愛おしさが混ざる季節

まもなく秋分の日。

気が付くと夕暮れが早くなり、どこからか虫の音が聞こえてきます。

どこかの庭先からひっそりと、金木犀の甘い香りも漂ってくる頃です。

目に見える光が短くなる代わりに、目に見えない香りが、私たちの心にそっと秋の居場所を広げてくれるようです。

足元に目をやると、あぜ道や公園の隅には、燃え盛るような赤い色の彼岸花。

秋の「お彼岸」の頃に一斉に花を咲かせるため彼岸花と言われ、別名曼殊沙華(まんじゅしゃげ)とも言われます。

さらに彼岸花には「葉は花を思い、花は葉を思う」という切ない別名があります。

花が咲き誇る一瞬も、葉が青々と茂る季節も、互いの姿を見ることは叶いません。

この「葉見ず花見ず」のすれ違いの中にこそ互いを静かに想い続ける、目に見えない絆で結ばれた二つの姿に、切なさと美しさを感じます。

今年は気温が高かったせいもあり、秋の七草が満開になるのは少し先のようです。

そして、その傍らで秋風にしなう細い枝には、小さく控えめな紫紅色の花が身を寄せ合っています。

秋の七草のひとつ、萩(ハギ)の花です。

「万葉の歌人が野山を歩きながら、指折り数えて愛でたという秋の七草。

我が家には七草のひとつ桔梗しか咲いていないので、秋にひっそりと咲く七草になんだか惹かれるのです。

「春の七草が、これから始まる季節への『未来の祈り』だとするならば、秋の七草は、過ぎ去っていく光を惜しむ『名残の愛おしさ』なのかもしれません。

植物たちは光の長さや風の冷たさを全身で受け止め、自らの命の時計を動かしています。

先人たちは、日に日に短くなる光の中で、揺れる草花にそっと行く秋の情趣を重ね合わせていたのでしょう。

「目で愛でる七草」を存分に楽しんだあとは、やっぱりその季節の恵みを口にしたくなります。

萩の花の咲きこぼれる姿に見立てたという、つぶつぶとした「おはぎ」の優しい甘さ。

また、ほっくりと湯気を立てる栗やさつまいも。

短くなっていく秋の夜長、室内にススキを飾り、お気に入りの温かいお茶を淹れて、

五感のすべてで秋をまるごといただく時間は、なんとも贅沢で、愛おしいものです。

これから迎えるお彼岸の静かな夜、もう少しだけ、この愛おしい季節の深まりに

身を委ねていたいと思わずにはいられません。


小さな暮らしの案内人